STORY #2

会社設立、そして軽井沢の地へ

社長になる!

PGAマーチャンダイズショーの衝撃的な出会いから5年、なんとあのイタリア製ゴルフシューズを日本で展開しないかと予想もしなかったオファーを受けることに。5年前の取材時の印象がとても強かったようなのです。先方から連絡をいただいた時は、本当に驚きました。幼い頃から「社長になる!」と思っていた私。いったい「何で起業するか?」だけが課題だったので、まさにチャンス到来です。ただ、南カリフォルニアの生活にピリオドを打つ決意はなかなかできませんでした。私にとって、最高の場所だったからです。

リーマンショックYearに始まる我が社

私が惚れ込んだイタリア製ゴルフシューズブランドを日本に展開するため、2008年の年末に完全帰国、会社を設立しました。「いったい何から始めたらいいの?」と暗中模索の中、勢いだけの起業でした。元々は本社からの資金支援をいただけることになっていたのですが、リーマンショックによる情勢悪化でそれがゼロに。留学、ビザ、弁護士費用とアメリカ滞在しているだけで大変厳しい懐具合でしたが、今さら引き返すわけにもいかず、結局、少ない自己資金で始めることにしました。潤沢な資金もない、商社勤務経験も、日本での就職経験もない私。イタリアから革靴を輸入をするということ、海外ブランドを日本で展開するということがどういうことなのか、なんの知識もないままのスタートでした。30歳、若さってスゴイね!

創業から数年間の歩み

重い革靴をシューケースに詰め込んで、父に車を借りて都内の百貨店に営業を始めました。コネも何もない状況で、とにかく足を運んでは商品を見せて周りました。実に逞しかった!腕がどんどん太くなっていきました。日本での就職経験がないことがかえって幸いしたのかも知れません。下手に知っていたら、百貨店はハードルが高い、どうアプローチしたらいいんだろうなんて複雑に考えていたかもしれませんね。

順調に取引先が増え、売上は右肩上がりでした。高島屋、伊勢丹、阪急、松坂屋など、大手百貨店のゴルフ売場にシューズが並ぶようになりました。また、エンドユーザー様、バイヤー様、メディア様を一度にご招待して、単独で公開展示会(Private Trade Show)を都内で開催し、本革ゴルフシューズの世界観を演出するように努めました。

7期目最大のピンチ

いい時期は長く続きませんでした。六本木通り、西麻布へ行く途中のビルにオフィスを構え、ショールームを兼ねて運営、このまま成長とはいかず、5期目ごろから経営不振に陥りました。まず、仕入れ面。イタリアから思うように商品が入荷しなくなってしまったのです。ブランド本社と工場の関係が悪化、その影響を受けました。そして資金面。本革シューズの輸入関税は27%と非常に高い上、通関には先払いが必要です。入荷、販売、支払のタイミングのズレがどんどん大きくなり、資金繰りに困窮しました。日本での販売価格は5万円以上に設定していたため、ただでさえ回転率の悪い商品です。こんな状況下にもかかわらず、このブランドビジネスだけに固執してしまい、他のビジネスを考えることができませんでした。私の経営判断力が乏しかったせいです。

何度もイタリアに足を運び、関係修復を試みましたが、断念。東京での事業と暮らしにピリオドを打ち、生まれ故郷の群馬に戻ることにしました。幸い家族所有の空き家があったので、そこをオフィス兼倉庫にしてひとりで出直すことにしました。経費はグッと抑えられたものの、発展性のある事業がないから、結局状況は何一つ変わらない。倒産も覚悟しましたし、不安でいっぱい、人生のどん底を味わいました。

女神は軽井沢にいた!

群馬に戻ってから3ヶ月後の2015年4月、母に運転手要員で誘われ、たまたま隣町の軽井沢に出かけました。「テニスコート通り」を歩いて旧軽井沢銀座通りへ。きれいな佇まいの物件の前で思わず足を止めてしまいました。そこには「テナント募集」の文字が。迷わずその場で不動産屋さんに連絡をして、すぐに内見のアポをとりました。“売るものはある、あとは自分で何とかしなくては”という思いがこみ上げてきました。それでも不安そうにしている私を見た父が、“このままじっとしていてもしょうがないから、やってみなよ!”と背中を押してくれて。

幸い内装に手を加える必要がなかったため、内見から2週間後、一部の什器と商品を持ち込み、GWが始まると同時に直営店をスタートしました。店舗運営も初めてのことです。レジのことやクレジットカード決済のことなど、知らないことばかり。できるだけ費用をかけずにどうやってお店を運営していくか、ノウハウの勉強と同時進行、見様見真似でなんとか店の形に少しずつなっていきました。

前述したプライベートレセプションなどで、直接お客様とお会いする機会が多くありました。その会話の中で、「夏の間2〜3ヶ月は軽井沢の別荘にてゴルフを楽しんでいるよ」とよく耳にしていましたので、いつか軽井沢に店舗を持ちたいと密に思っていました。意外にも、東京を引き上げ群馬に戻ったお陰で、それが現実となったのです。

業績改善

9期目から海外ゴルフ商品の輸入窓口業務をスタートしました。代理店契約しているアメリカの2社に加え、単発で輸入商品のバイイングをお手伝いさせていただくようになりました。これは、アメリカ時代、毎年取材で訪れたPGAショーで培った交渉力を活かしたお仕事です。あの時の経験が10年後に花咲くなんて!いつ何がどう繋がるかなんてわかりませんね。

とても嬉しいことに軽井沢で事業をしている仲間たちの協力もあって、お店の評判は口コミでどんどん広がり、リピーターのお客様がとても多くなりました。しかし、海外主張が多くなり、週に4日開けるのが精一杯でした。「いつも休みだね~」とか「いつ行ってもいないね」とか、ご迷惑ばかりおかけしていました。体ひとつ、複数の事業運営の厳しさを別の意味で感じました。

そんな矢先、さらに次のお話しが。新しくゴルフファッションビジネスを立ち上げるという社長様から、ゴルフシューズを作って欲しいという依頼が入ったのです。これまでのシュービジネスで培ったノウハウを活かすときがいよいよ来た!そんなワクワクドキドキの急展開。とはいえ、イタリア靴工場へは何度も行っているものの、実際ゴルフシューズを作ったことないし、いったい何から始めればいいの?さあ、どうする!? 私。

STORY #3